大阪地方裁判所 昭和34年(ワ)385号 判決 1960年10月20日
大阪市西成区今池町四〇番地
原告
佐竹千代子
右訴訟代理人弁護士
水田猛男
被告
国
右代表者法務大臣
小島徹三
右指定代理人大阪法務局訟務部長
今井文雄
同
大阪法務局法務事務官
原矢八
同
大阪国税局大蔵事務官
葛野俊一
右当事者間の過納金返還請求事件について、当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は「被告は原告に対し金二九〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二六年四月一日から完済に至るまで一〇〇円につき一日四銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに保証を条件とする仮執行の宣言を求め、その請求原因として、
原告は肩書住所で化粧品及び小間物等の販売業を営んでいたところ、昭和二三年度においては、売上金額は九六三、〇一三円、仕入その他に要した必要経費は七六四、一一三円であつたから、その所得は一九七、九〇〇円であつた。そこで原告は西成税務署長に対し同年度における所得金額を右金額として確定申告をなすとともに右所得金額に対する所得税を納付した。
ところが、同税務署長は原告の同年度の所得金額を六三〇、〇〇〇円とする旨の更正決定を行なつたので、原告は大阪国税局長に対し審査の請求をしたが、同局長は法定の期間内に何等の決定をもしなかつたので、原告は大阪地方裁判所に西成税務署長に対し右更正決定取消の訴訟を提起し、昭和三〇年八月二〇日前記更正決定中原告の事業所得を一九七、九〇〇円、同居の親族佐竹実の給与所得を一四、六七二円七〇銭として算定した税額を超える部分を取消す旨の判決を受けた。そこで、右税務署長は大阪高等裁判所に右判決に対し控訴したが、同高等裁判所は昭和三三年一二月一〇日控訴を棄却し、前記判決は確定するに至つた。
ところが、西成税務署は原告の昭和二三年度分の所得税額が右のように係争中であるにかかわらず、三回に渉り同年度の所得税に当てるため、原告所有の商品に対し不当の差押をなし、これを公売して金二九三、七〇〇円の不当の収入を得た。
それ故、原告は被告に対し右金額から前記判決による同居親族佐竹実の給与所得一四、六七二円の算定税額を三、七〇〇円として同金額を控除した金二九〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和二六年四月一日から完済に至るまで国税徴収法附則昭和二五年法律第六九号9所定の過誤納額一〇〇円に対する日割金四銭の割合による金員の支払を求めるため、本訴に及ぶ。
なお、被告の抗弁事実を否認する。
(一) 被告は原告は被告に対し昭和三四年五月八日現在において昭和二四年度所得税
本税額 九二、六一八円
利子税額 一〇九、一七〇円
延滞加算税額 四、六〇〇円
計 二〇六、三八八円
を滞納していると主張するが、甲第三号証記載のように昭和二六年六月六日差押をした物件を同年一〇月二〇日右本税として一四六、〇〇〇円を収納しているのであつて、前記本税九二、六一八円は既に昭和二六年一〇月二五日以前に収納済であるから、昭和三四年五月八日現在右本税の滞納がないばかりでなく、右本税九二、六一八円に対し一四六、〇〇〇円の収納は五三、三八二円の過納となるから、前記利子税一〇九、一七〇円及び延滞加算税四、六〇〇円も存在しない。のみならず、昭和二四年度の所得税は甲第三号証記載のように滞納処分の結了により納税義務は消滅したものといわねばならない(国税徴収法三一条)。
(二) 仮に原告が被告主張の別紙滞納税額表記載のように昭和二四年度所得税及び取引高税並びに昭和二三年度取引高税の納税義務があつたとしても、右各税の納税義務はいずれも右滞納税額表記載の右各税の納期から起算して五年の経過とともに時効により消滅した。
従つて、被告が昭和三四年五月八日前記判決の結果原告に対する過誤納金として生じた二九二、五三〇円及びこれに対する還付加算金三二一、五一〇円合計六一四、〇四〇円を昭和二四年度所得税、昭和二三年度取引高税及び昭和二四年度取引高税に充当したとの被告の抗弁は理由がない。
と述べ、
立証として、甲第一ないし第三号証を提出し、乙号各証の成立を認めた。
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
原告の請求原因事実中原告が肩書住所で原告主張の営業をなしていたこと、原告主張のように原告が昭和二三年度における所得金額を西成税務署長に対し確定申告をなしたが、同税務署長はこれに対して更正決定をなしたので原告が大阪国税局長に対し審査の請求をなした上、大阪地方裁判所に同税務署長に対する右更正決定取消の訴訟を提起した結果、原告主張のような第一審及び第二審の各判決があり、右各判決が確定したこと、及び被告(所轄西成税務署長)が原告に対する前記昭和二三年度の所得税に対する滞納処分としてその商品を公売して原告主張の金額の売得金を得たことはいずれもこれを認めるが、その他の事実はこれを否認する。
前記第一審判決の確定により、原告の昭和二三年度所得金額は一九七、九〇〇円となつたのであつて、これに対する所得税額は六〇、四二三円であることに確定した。ところが、原告が同年度分の所得税として西成税務署長に納付したのは、
昭和二三年八月三〇日 金 二六、六七五円
同 年一一月一日 金 二六、六七五円
同 二四年一月二九日 金 五、九〇三円
計 金 五九、二五三円
であつて、その後同税務署長は原告に対して前記滞納処分を執行し、その公売代金を以て徴収したものは、
昭和二五年一〇月二三日 金 九、三四〇円
同 年同月二四日 金 二、八六〇円
同 年同月二八日 金二八〇、〇〇〇円
同 年一一月五日 金 一、五〇〇円
計 金二九三、七〇〇円
である。以上納付及び徴収にかかる金額は合計金三五二、九五三円となる。
従つて、昭和三四年五月八日現在における過誤納の金額は、右合計金額から前記確定判決により確定せられた所得税額六〇、四二三円を控除した残額金二九二、五三〇円及びこれに対する還付加算金三二一、五一〇円(算出内訳は乙第四号証記載のとおり。なお旧国税徴収法第三一条の六参照)合計金六一四、〇四〇円である。
然るに、原告は同年五月七日現在において他に別紙滞納税額表記載の所得税及び取引高税合計二九七、九六二円を滞納していたため、被告は同月八日被告に還付すべき前記過誤納の金額のうちから右滞納の国税に充当した(旧国税徴収法第三一条ノ五参照)。よつて同日現在において被告に還付すべき金額は金三一六、〇七八円となるところ、原告から同年六月一五日付還付金支払請求があつたので、原告(大阪国税局長所管)は同年九月四日国庫金取扱銀行である株式会社三和銀行萩之茶屋支店を経由して右金員を還付した。
と述べ、
更に、原告の被告の抗弁に対する主張に対し
被告は原告主張のように昭和二四年度所得税について本税が九二、六一八円であるにも拘らず右本税として公売代金により一四六、〇〇〇円を収納したのではなく、甲第三号証は昭和二六年六月六日付の差押処分に基づき公売したときの公売代金計算書にすぎない。又原告は昭和二四年度の所得税は滞納処分の結了により納税義務は消滅したというのであるが、被告が昭和二六年一〇月二五日付で原告の昭和二四年度所得税として一四六、〇〇〇円を収納したことにより同年度の所得税が完納となつたものではなく、当時原告の同年度所得税の滞納本税額は三六九、八〇〇円が現存し、その後右公売収入金を含めて計二七七、一八二円を収納したが、なお昭和三四年五月八日現在本税額として九二、六一八円が残存しているものであつて滞納処分は結了していない。
なお、右滞納処分は前記昭和二三年度の所得税の外に原告主張の同年度の取引高税及び昭和二四年度の所得税並びに取引高税のためになされたものであつて、原告主張の右各税は滞納処分により時効が中断され、未公売物件については現に差押中であるから時効は完成していない。
と述べ、
立証として、乙第一号証の一、二、及び同第二ないし第五号証を提出し、証人末原満輝の証言を援用し、甲号各証の成立を認めた。
理由
原告が肩書住所で化粧品及び小間物等の販売業を営んでいたところ、昭和二三年における所得金額を一九七、九〇〇円として西成税務署長に対し確定申告をなしたこと、同税務署長が右確定申告に対し同年度における所得金額を六三〇、〇〇〇円とする旨の更正決定をなしたので、原告が大阪国税局長に審査の請求をなした上、大阪地方裁判所に同税務署長に対する右更正決定取消の訴訟を提起した結果、昭和三〇年八月二〇日前記更正決定中原告の事業所得を一九七、九〇〇円、同居の親族佐竹実の給与所得を一四、六七二円七〇銭として算定した税額を超える部分を取消す旨の判決を受け、右税務署長は大阪高等裁判所に右判決に対し控訴したが、同高等裁判所は昭和三三年一二月一〇日控訴を棄却する旨の判決をなしたこと、及び右大阪高等裁判所の判決が確定し、従つて前記大阪地方裁判所の判決も亦確定したことは当事者間に争いがない。
そうすると、右大阪地方裁判所の判決により、原告の昭和二三年度所得金額は一九七、九〇〇円であることに確定したこととなるが、原告は原告の同年度の所得税額がいくらになるかを主張並びに立証しない。被告は右所得税額は税法に照らし諸控除その他を計算に入れ算出した結果六〇、四二三円となる旨主張し、原告においてこれを明らかに争わないから自白したものとみなす。そして、原告は西成税務署長に対し同年度の所得税の確定申告をなすと同時に右税を完納した旨主張し、被告は原告において同年度の所得税中
昭和二三年八月三〇日 金二六、六七五円
昭和二三年一一月一日 金二六、六七五円
同 二四年一月二九日 金 五、九〇三円
計 金五九、二五三円
を納付したにすぎないと主張するから、被告は右の限度において自白したものといわねばならない。原告は右金額を超える部分について納付したことを何等立証しないから、これを認めるに由ない。
そして、西成税務署長が右所得に当てるため滞納処分をなし、差押物件の公売をなして合計金二九三、七〇〇円を徴収したことについて当事者間に争いがなく、成立に争いない甲第四、五号証及び弁論の全趣旨を総合すると、その徴収の年月日及び金額が被告主張のように
昭和二五年一〇月二三日 金 九、三四〇円
同 年同月二四日 金 二、八六〇円
同 年同月二八日 金二八〇、〇〇〇円
同 年一一月 五日 金 一、五〇〇円
であることを認めることができる。
そうすると、前記昭和二三年度所得税額六〇、四二三円から原告が納付した前記金額五九、二五三円を控除した不足額一、一七〇円を右昭和二五年一〇月二三日徴収にかかる九、三四〇円を以て充当すると、残額八、一七〇円となり、これに他の三回分の公売代金を合計した金額金二九二、五三〇円が還付すべき過納本税額となる。そしてこれに対する還付加算金を税法により算出すると、成立に争いない乙第四、五証によつて明らかなように金三二一、五一〇円となり、以上合計金六一四、〇四〇円が原告に還付すべき金額となる。
ところが、成立に争いない乙第三ないし第五号証に弁論の全趣旨をも総合すると、原告は昭和三四年五月七日現在において他に別紙滞納税額表記載の所得税及び取引高税合計二九七、九六二円を滞納していたため、西成税務署長は同月八日被告に還付すべき前記過納本税額二九二、五三〇円の全部及び還付加算金三二一、五一〇円のうち五、四三二円を以て右滞納の各税に充当したこと、及び大阪国税局長は昭和三四年八月二四日右残額金三一六、〇七八円を原告に還付すべき旨支払決定をなし、その頃原告に対し右金員を還付したことを認めることができ、右認定に反する証拠がない。
原告は前記認定の昭和二四年度所得税については本税が九二、六一八円であるにも拘らず甲第三号証記載のように昭和二六年一〇月二五日以前に右本税として公売代金により一四六、〇〇〇円を取納しているから、昭和三四年五月八日現在右本税の滞納がないばかりでなく、前記のように五三、三八二円の過納となるから、同日現在利子税一〇九、一七〇円及び延滞加算税四、六〇〇円も存在しないと抗争するから、審究するに、成立に争いない甲第三号証には原告の右主張に添うような記載がなされているが、同号証は西成税務署長が原告に通知した公売計算書であつて、これのみを以て右主張事実を認めることができないばかりでなく、他に右主張事実を認めるに足る証拠がない。却つて、成立に争いない乙第一号証の一、二及び同第三ないし第五号証によれば、原告の昭和二四年度所得税額は三六九、八〇〇円であるところ、昭和二六年六月六日差押をなした物件を同年一〇月二〇日公売して得た金一四六、〇〇〇円及び同年七月三日差押をなした物件を同年九月二八日公売して得た金五〇、〇〇〇円合計金一九六、〇〇〇円を右税に充当し、他に原告が納付した八〇、五八二円を加えて合計二七七、一八二円を納付し又は徴収されたにすぎず、同年度の所得税には昭和三四年五月七日現在において前記認定の税額の滞納があつたことを認めることができる。よつて原告の右主張は理由がない。
次に、原告は昭和二四年度の所得税は昭和二六年六月六日差押した物件を同年一〇月二〇日公売し、これにより得た金一四六、〇〇〇円を右所得税に充当し、滞納処分を結了しているから、納税義務は消滅していると抗弁するのであるが、昭和二六年法律第七八号による改正前の旧国税徴収法三一条には「滞納処分ヲ結了シ若ハ之ヲ中止シタルトキハ納税義務及督促手数料、滞納処分費納付ノ義務ハ消滅ス」と規定せられていたのであるが、右法規は右改正法律が昭和二六年四月一日施行せられると同時に廃止せられたものであるところ、原告は同年六月六日滞納処分を結了したというのであつて、当時は既に右法規は廃止せられていたのであるから、たとえ同日を以て滞納処分が結了せられたとしても、前記納税義務は消滅するものでないから、抗弁自体理由がない。のみならず、甲第三号証によつては滞納処分が結了せられた事実を認めるに足らず、他にこれを証する資料もない。却つて後記認定のように同年度の所得税についての滞納処分は差押物件中の一部が未だ公売せられずに継続しているのであるから、滞納処分が結了せられたものということができない。よつて右抗弁も採用できない。
最後に、原告は別紙滞納税額表記載の昭和二三年度取引高税及び昭和二四年度所得税並びに取引高税の各納税義務はいずれも右滞納税額表記載の右各税の納期から起算して五年の経過とともに時効により消滅したと抗弁し、被告は、右各税及び昭和二三年度の所得税のために滞納処分がなされ、右各税は滞納処分により時効が中断され、未公売物件については現に差押中であるから、時効は完成していないと主張するから、審案する。国税の徴収を目的とする権利は五年間これを行なわないときは時効に因り消滅すること勿論である。そして、昭和二三年度取引高税及び昭和二四年度所得税並びに取引高税の各本税額及び納期が別紙滞納税額表記載のとおりであることはさきに認定したとおりであるから、右各税は権利を行使することができる前記各納期の年月日からそれぞれ消滅時効が進行するものといわねばならない。ところが、前記乙第一号証の二によれば、西成税務署長は原告に対する滞納処分として昭和二五年五月一三日昭和二三年度取引高税及び昭和二四年度所得税並びに取引高税につき原告所有の物件を差押えたことを認められるから、同日右各税の時効は前記五年の時効期間経過前にそれぞれ中断しているのである。そして、滞納処分による時効の中断は滞納処分の終了するまで継続するものと解すべきところ、前記時効の中断中同税務署長は更に昭和二五年九月一六日前記各税及び昭和二三年度所得税につき原告の所有物件を差押え、その後昭和二六年六月六日及び同年七月三日の二回に亘り同各税及び昭和二五年度所得税につき原告の所有物件を差押えたのであつて、その後右差押物件中大部分の物件は公売してその代金を税に充当したが、一部の物件は未だ公売もせず差押えられたままの状態にあることを認めることができ、右認定に反する証拠がない。そうすると、原告主張の各税の時効は未だ中断中であるといわねばならないから、原告の時効の抗弁も亦採用することができない。そうすると、西成税務署長がなした前記過納本税額の全部及び還付加算金の一部を前記各滞納税額に充当したことは適法であるといわねばならない。
よつて、原告の本訴請求は失当としてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担について民訴八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 入江菊之助)